僕たちはなぜ東京事変を聞くことをやめられないのか

日々、結成されるバンドもあれば解散していくバンドもある。
一世を風靡したバンドでもいつかは解散する。

でもそのバンドの曲が世の中から消えるわけじゃない。

バンドが解散したって何年もそいつらの曲を聞いているリスナーはいる。
当時を懐かしんで聞いているわけじゃなく、純粋に良い音楽を聞きたい気持ちになったときにハマるのがそのバンドなんだ。

僕にもそういうバンドがある。

僕にとってのそれは東京事変だ。




“This is pop” 東京事変

2004年にデビューし、2012年にその活動にピリオドを打った東京事変。
椎名林檎がフロントマンを務めているということ、各メンバーの演奏技術が非常に高いこと、ライブのクオリティが非常に高いことなどで有名だろう。
彼らの活動時間はたった7年と少しだ。
こうして文字に起こすと長く感じたり短く感じたり人それぞれだと思うが、リアルタイムで見ていた当時、東京事変はあっという間に駆け抜けて行ったのをよく覚えている。

東京事変の魅力はやはりその変幻自在の音楽性だ。
メインで作詞作曲する人間を決めずにメンバー全員で曲を作る。
ここで注意してほしいのは、東京事変=椎名林檎ではないということ。
東京事変は椎名林檎のバックバンドと勘違いされがちだが、それは全然違う。
椎名林檎はバンドのフロントマン。ただそれだけだ。

作曲からアレンジ、ミックスまで”バンド全員”が関わって作りこむことで曲ごとの色がちゃんと分離している。
各アルバムもそれぞれテーマを持っているから聞いていて全く飽きない。
当たり前だが椎名林檎のソロ名義とは別物だ。

しかしどの楽曲もどこか同じ”幹”を持っている。
初めて聞いても「あ、これ東京事変だな」ってなる。
これがこの人たちの凄いところだ。
その根幹となってるものがきっと”ポップ”なんだろう。

東京事変は自らの音楽を”ポップ”と一言で称している。
音楽的には色んな要素が詰まってる楽曲ばかりだが、飽くまで彼らはポップなのだ。
彼らはこんな風に自己紹介している。
「J-POPじゃなくPOPです。東京事変です。」

フロントマンにカリスマ性を感じるバンドは数多くあるが、バンド全員がカリスマ的存在のバンドはほとんどいないように思う。
みんなミスチルとかアジカンのメンバーの名前全員言えないでしょ。
でもなぜだろう、東京事変のメンバーは全員知られていることが多い。
椎名林檎・亀田誠司・刄田綴色・浮雲・伊澤一葉。
二期の活動時間が長いのでこの5人を挙げたが、いずれも有名な音楽家だ。
このカリスマ性もまた彼らの魅力。
この5人なら素晴らしい曲が出来るだろうと、ファンならずとも思っていた。




誰にも真似できない音楽

東京事変の音楽を何かに例えようとするのはとても難しい。
「ナンバーガールっぽいよね」とか「ハイスタっぽいよね」とか、新しく出てくるロックバンドはそれまでの誰かに例えられることが多い。(例えられる方は不本意な場合もあるだろうけど)
でも東京事変は何にも、誰にも似ていない。
彼らは常にオリジナルだ。
それはバンド活動真っ只中の当時でも、今でも変わっていない。

東京事変のようなバンドは解散してから6年経った今も未だ現れない。
ポスト東京事変と称されるバンドは数多く出てきたが、リスナーの誰もが疑問に思うようなバンドばかりだった。
いや、お前らそれで東京事変の後釜になれると思ってんのかよって奴らが多くて、大人たちの売り方にはうんざりした。
当たり前だ。彼らの音楽を真似出来るわけない。
東京事変は本物のオンリーワンだ。
それって凄いことだと思う。
これだけたくさんの音楽が生み出される時代でも、彼らの音楽には似せることすら難しいのだ。
意味のあるオンリーワンだ。

だから僕たちは東京事変を今でも聞いてしまうんだろう。
後にも先にも彼らの音楽の代わりはないから。
東京事変を聞きたいという気持ちにフィットするのは東京事変だけなんだよ。

彼らに無理に戻ってきてほしいとは思わないが、もう新しく東京事変の世界を感じることが出来ないのはやはり少し寂しい。
だから今日も僕は東京事変を聞くしかない。
“またあなたに会えるのを楽しみに待ってさよなら”と歌った椎名林檎の言葉を胸に抱いて。

オモテ

音楽について思うところを書いています。