崎山蒼志は15歳だから天才なのか

もう散々SNS等で取り上げられているから皆さんご存知であろう。
ギター少年、崎山蒼志。

素晴らしい。
間違いなく素晴らしい。

ギターの技術はもちろんだが、メロディや曲構成など全く予測のつかない動き方をしてくる。
右手で刻まれている軽快なリズムはリスナーを飽きさせない。
弾き語りを聞いているという感覚よりはバンドを聞いているときの感覚に近い。次の展開を自然と待ってしまう。

決してキャッチーなメロディではない
一度聞いただけで簡単に覚えられる歌ではないし、全員がハミングして気持ちいいかと言われればそうではない。
それでも驚くほど皆が口をそろえて彼のことを天才だと言う。

そう、彼は天才なのだろう。



良い音楽に年齢は関係ない

崎山蒼志は15歳だ。
「日村がゆく!」という番組の企画、高校生フォークソングGPで一夜にして脚光を浴びた彼。
世間はその才能の出現に沸いていた、俺も沸いた。

しかし同時に抱えた心のもやは濃くなっていくばかりだった。
俺の脳裏にはずっと同じ言葉がよぎっていた。

“彼は15歳だから凄いのか?”と。

確かに崎山くんの叙情的な歌詞は普通の中学生には書けない。
彼が物語を読んだり音楽に耳を傾けたり、人と出会ったり恋をしたり、そういうものを積み重ねて得た希少な世界観だ。
この言葉を紡げるようになるのが中学1年生というのはあまりにも早すぎる。
才能が早熟するというのはこのことだ。

意味のない僕らの 救えないほどの傷から
泪の後から 悪い言葉で震える

歌詞というのは書きすぎてしまうことが多い。
書きすぎた歌詞というのは途端につまらなくなる
しかし崎山蒼志は”泪の後から悪い言葉で震える”だ。
この日本語の美しさを10年そこそこ生きただけで感覚的にだとしても理解しているのが凄い。

じゃあこの歌詞を25歳が書いたら駄作なのか?
答えはNOだ。
でも25歳の崎山蒼志がこの歌を作ってもブレイクしなかっただろう。

何故か?
それは世間が”子供が作った”素晴らしい音楽を褒めたいからだ。

これは正直仕方がない。
誰しも「こいつ中学生です!聞いてください!五月雨!」って紹介されたら年齢と天秤にかけてしまう。
そして、中学生なのにこんなに弾けるなんてすごい!と持ち上げ始める。
でもお前らは藤原基央に対して「22歳なのに天体観測を書いてすごい!」なんて言わなかっただろ。

崎山蒼志の年齢だけが独り歩きしてしまわないかが心配だ。
彼の才能が発掘された高校生フォークソングGPという企画自体は良い。彼のような将来有望な若者がこれからも現れるだろう。
しかしリスナーには崎山蒼志という1アーティストときちんと向き合ってほしい。
彼が若いうちだけでなく、これから先も長く音楽を続けていけるように。
今は若者だからという理由で彼にフォーカスしている風潮が少し強い。
もっと、もっと彼の音楽に焦点を当ててくれ。すげー音楽作ってんだこの人は。

猫背気味に歌う一人の天才がどんな音楽を作っていくのか、これからも楽しみにしたい。

オモテ

音楽について思うところを書いています。